アントワーヌからのてがみ ガブリエル・バンサン/さく ブックローン出版

かわいい

セレスティーヌがかわいい。貧乏は辛いものです。

池田市立図書館書評



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# by okawghumpe | 2010-08-27 02:16 | 図書館書評

ふたりのインテリア ガブリエル・バンサン/さく ブックローン出版

面白かった

良い。貧乏人と金持ちの人はなかなか分かり合えないものです。

池田市立図書館書評



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# by okawghumpe | 2010-08-23 10:29 | 図書館書評

びょうきになったアーネスト バンサン・ガブリエル/著

表情の描写に鳥肌を覚える

酒井駒子さんを動かした、という絵を見てしまった。(『絵本作家ガブリエル・バンサン』参照。)その話を聞いているとなおさらじんとくる。その絵だけではない、表情の描写がどれも見事です。素晴らしい。

池田市立図書館書評



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# by okawghumpe | 2010-08-23 10:27 | 図書館書評

セレスティーヌのクリスマス ガブリエル・バンサン/さく ブック・ローン出版

貧乏人のクリスマス

絵は大したことないけれど、物語は読み返してしまう。読み返して、涙が出た。

池田市立図書館書評



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# by okawghumpe | 2010-08-19 23:36 | 図書館書評

絵本作家ガブリエル・バンサン BL出版

絵の上手い人というのは…

白黒とタブローの絵は絶賛したい。絵の上手い人というのは、何をやっても上手いなあ、と思ってしまう。水彩はそれ程でもないけれど。酒井駒子さんのエッセイに涙。酒井さんをそんなに動かした『びょうきになった アーネスト』の「大事な絵」とはどんな絵なのだろう?見たい。

池田市立図書館書評


注。BL出版ってボーイズ・ラブの出版社かと思ったら、違った。



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# by okawghumpe | 2010-08-19 23:33 | 図書館書評

浮き草デイズ 2 たかぎなおこ/著 文藝春秋

現実感が出ている

日常が描かれています。生活は私と似ているようだけど、精神的には離れている気がする。自分が成功すればそれで良いの?バイトに時間を使い果たして、休みがあっても絵を描きたくない、という気持ちは痛いほど良く分かる。世の中の何が問題なのか、考える暇も無いだろう。労働の弊害というものは数あれど、考える時間を無くす、ということは大きい。絵は売るためだけじゃない、考える手段としてもあるのに。

池田市立図書館書評



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# by okawghumpe | 2010-08-19 23:28 | 図書館書評

世界のだっことおんぶの絵本 エメリー・バーナード/文 メディカ出版

好著

いいなあ。一筋縄ではいかない各地の文化を私は手放しで賛美はしないけれども、嫌いでもない。監訳者も何か一筋縄ではいかない人のようです。

池田市立図書館書評

ドゥルガ・バーナードさんが絵で、エメリー・バーナードさんが文で、仁志田博司さんと園田正世さんが監訳。



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# by okawghumpe | 2010-08-19 10:35 | 図書館書評

大原さんちのダンナさん 大原由軌子/著 文藝春秋

面白かった

旦那さんの神経症の症状は私にも思い当たる節はある。しかしあえて言わせてもらえば、神経症と見なされるかどうかは、何に対して「神経質になる」のかによる。お金に対して神経症の人間は正常と見なされているのが今の世の中なのだから。本書は面白かったけれど、一言だけ異議をさしはさむなら、左利きについての議論についてです。右利き用にできている世の中が負担だった、という文脈で、「ナチュラルボーンシンケーショー」(生まれながらの神経症)(83頁)という突っ込みの説明があるが、これは方向性が間違っている。もし右利き用にできている世の中が神経症を生み出すとするなら、その世の中を変えることこそが為すべきことでしょう。

池田市立図書館書評


しかし二十八歳の男が、ピッピが新聞に出てる、と言って「わーい!」などと自分のブログに書くことも、世間的には異常と見なされるでしょうな。私はそうは思わないけどね。



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# by okawghumpe | 2010-08-19 10:31 | 図書館書評

読売のピッピ

わーい!16日付けの『讀賣新聞』夕刊にまたピッピが出ている!どうしたんだ、読売?

「本よみうり堂」という、山田恵美さんによる、児童文学が売れている、という旨の記事で、本文には触れられていないのに、写真には、大塚勇三さん訳の『長くつ下のピッピ』が、そして尾崎義さん訳の『長くつしたのピッピ』までもが、選ばれて、並んで写っている。(尾崎義さんの訳は私はあまり評価はしませんが。誤訳があるという点ではどっちもどっちですが。)

写真には、最近知った『若おかみは小学生!』も、やはり本文には全く出ていないが、写っている。

この写真の題材を選んだ人は相当に良い感覚を持っていると見た。

ちなみに、写真に移っていたもう一冊は『星の王子さま』でした。


『讀賣新聞』は夕刊と日刊では記事の主張が違うように思います。


記事はここで見れる。『読売新聞 本よみうり堂』(「出版トピック」にて「夏休み 児童書が人気」)



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# by okawghumpe | 2010-08-17 20:01

どうながダック 永田力/さく 福音館書店

良い感じ

独特ですな。

池田市立図書館書評

永田力さんが絵と文。



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# by okawghumpe | 2010-08-15 08:24 | 図書館書評

きみの家にも牛がいる 小森香折/作 解放出版社

作者たちの意図とは裏腹に

絵が素敵。全編を通じてもの悲しさを感じる。「食肉市場」で牛が工場製品のように運ばれて殺される世の中は、私はやっぱり受け入れがたい、と思ってしまう。いかにも「普通の家族」いかにも「普通の客」らしい人達が描かれている場面にも、のっぺらぼうな工場らしさを感じてしまう。私はその中に溶け込めないけれど、溶け込みたくもないんだろうな。

(池田市立図書館書評)

小森香折さんが文、中川洋典さんが絵。



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# by okawghumpe | 2010-08-13 00:16 | 図書館書評

今日の早川さん 3 coco/著 早川書房

私にも当てはまる所があるような

身につまされます。「目立つ人は目立つんです。 ほら、あなたも馴染みの書店でニックネームをつけられているかもしれませんよ。」(15頁)とか。(笑)

(池田市立図書館書評)

「誤植一覧を出版社に送る」(76頁)というのもあったな(笑)。



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# by okawghumpe | 2010-08-13 00:12 | 図書館書評

今日の早川さん coco/著 早川書房

めっちゃくっちゃ面白い

少数派同士考え方は違っていても、「一般人」に対しては一緒にプッと笑ってやる、その姿勢は応援したい。登場人物たちはどんな仕事をしているのだろう?この人達の読書の専門分野は私は詳しくないのだが、それらは現実の生活と矛盾するものではないのかな?それについて言及しているような箇所はあるが(72頁)、意味がいまいち分からない。読書が趣味の範囲に収まる、ということは、つまり仕事があってこそ成り立っている、ということであり、その意味では(自称「オタク」と言って「一般人」と距離を置いているにしても)この世の中に順応している人たちだ、と思う。読書の時間を作るために路上生活を選ぶ人もいることを思えば。

(池田市立図書館書評)



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# by okawghumpe | 2010-08-13 00:05 | 図書館書評

しにがみのバラッド。 はせがわけいすけ/おはなし メディアワークス

感動

面白かった。笑ってしまうという意味でも、変わっているという意味でも、感動的という意味でも。絵は軽い感じで微笑ましいのだが、内容は深くて予想を裏切る。「くりかえしのなかでしか みつけられない ものもある。」(20頁)という言葉が心に突き刺ささる。感動的だった。絵本というものがこのように感動させるものならば、私も絵本を作ってみたい、と思う。

(池田市立図書館書評)



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# by okawghumpe | 2010-08-12 23:57 | 図書館書評

Pipi Ŝtrumpolonga en la ĵurnalo Yomiuri

Saito Minako prezentas la libron Pipi Ŝtrumpolonga en sia artikolo en la vesperĵurnalo Yomiuri en la 6: a de aŭgusto 2010. Mi tradukas.

"Mi iĝos pirato, kiam mi fariĝos plenaĝa", ŝi kriis, "ĉu vi iĝos ĝi?"

La ruĝaj haroj kaj la vizaĝo plena de lentugoj. Ŝi venis al la domo, Vilao Vilaltao en la malzorgita ĝardeno kun sia kara simio kaj valizo plena de oraj moneroj.

Pipi Ŝtrumpolonga de Astrid Lindgren estas majstroverko, kiu ĉarmis infanojn en la tuta mondo. Ŝi estas naŭjara, sed terure forta, kaj konsternas policojn, kiu provis transloĝigi ŝin al orfejo, kaj la instruiston, kiu provis lernigi al ŝi.

Ĝi probable estas parodio de infanaj libroj pri orfoj, ekzemple Paĉjo Krurolongaj, Anne de Verdaltao ktp. La simbolo estas ŝiaj ŝuoj duoble longaj kiel ŝiaj piedoj. Kiel malgrandaj ŝuoj de Cindrulino simbolas, knabina libero estis limigata. Sed Pipi diras: ĉi-maniere mi povas movigi piedfingrojn. Grandaj ŝuoj estas simbolo de libero.

Sed agnoskiĝas, ke la plej forta knabino en la mondo havas sian enajn negativajn flankojn. En la fina kapitro Pipi donas al Tomi kaj Anjo, kiuj loĝas en la proksima domo, pistolojn, kiujn ŝi trovis en la mansardo, kiel donacojn. La gefratoj iras hejmen kun sia patro, kiu venis por kunporti ilin hejmen. Pipi, kun en pistolo en mano kaj glavo en la alia mano, krias al ili,: "Mi iĝos pirato, kiam mi fariĝos plenaĝa", ŝi kriis, "ĉu vi iĝos ĝi?"

Ĉu nur ŝerce?

Ŝia patrino mortis, kiam ŝi estis infaneto, kaj ŝia patro malaperis dum ŝtormo. Sed Pipi kredas, ke li flosis kaj atingis insulon kaj tie fariĝis reĝo.

Ŝi ne havas admonantajn gepatrojn. Ŝi ne iras al lernejo. Ŝi surprizas plenkreskulojn kun siaj agadoj. Ŝi eble estas figuro kiu fariĝis de infana sonĝoj, sed el la plenkreskula vidpunkto ŝi estas mensogema infano kiu ne konvenas al la socio.

La repliko "Mi iĝos pirato" malkovrigas ŝian solecon kaj iometan malamon al
la mondo. Ŝi ŝajne eĉ agitas kaj diras "Vi kune batalu!" Soleco de la plej forta knabino troviĝas en la fina kvazaŭ malgaja sceno.

Eble jes. Eble ŝi sentas solecon kaj malamas la mondon, kiam ŝi krias "mi fariĝos pirato", kvankam mi ne opiniis tion.

Ĝojigas min ke vi skribas: sed el plenkreskula vidpunkto ŝi estas mensogema infano kiu ne konvenas al la socio.

Mi dankas vin pro ke vi prezentas Pipi en la ĵurnalo Jomiuri.

Kiam mi aŭdas iun paroli pri Pipi, mi sentas la ekzisto de Pipi en la nuno.
Tio ĝoiigas min.

Mi pensas ankaŭ: Mi estas feliĉa, pro ke mi parolas la svedan.
Jes, mi parolas ĝin, kiun Pipi parolas.

Kiel forte mi sopiris lerni la svedan antaŭ pli ol dek jaroj.
Kiel mi sopiris aŭdi Astrid Lindgren paroli.

Kia bonŝanco, ke mi povis lerni ĝin.

Kondiĉo pro mia feliĉo.

Nun mi ree havas tempon lerni ĝin. Tion mi ne povis fari, kiam mi laboris tuttempe.



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# by okawghumpe | 2010-08-11 09:46 | Esperanto

『讀賣新聞』8月6日付け夕刊の書評についての感想

斎藤美奈子さんへ


『讀賣新聞』8月6日付け夕刊にて『長くつ下のピッピ』を紹介しているコラム「名作うしろ読み」を拝読しました。


同書を紹介して頂いたことに対してお礼を言いたく思います。

六十年以上前の本ながら、現在それについて論じている人がいる、ということは、私にとっても、「ピッピ」を非常に身近なものに思わせてくれました。


「大人から見れば共同体とは相容れない虚言癖の強い子」という指摘には賛成です。

「『海賊になる』の一言には、そんな彼女の寂しさと、世界へのかすかな敵意がにじむ。『あんたたちも戦え』と鼓舞しているようにも見える。」という部分には涙が出ました。

そうなのかもしれません。
しかし私は、それらは最後の言葉にあるというよりは、むしろ全編を通して、「ピッピ」の生き方としてあるものだと思っています。


「長くつ下のピッピ」には、出版される前の(書き直される前の)原稿が残っています。


それは、作者がそれまで寝る前のお話として話していたものを、娘さんの九歳の誕生日の為にタイプライターで打ってまとめたもので、スウェーデンでは2007年に『Ur - Pippi 』(元祖ピッピ)として出版されま
した。

その本の前書きの中で、娘のカーリンさんは、誕生日に原稿をもらって嬉しかったかどうかという点について、「このように文字にされ、本の中に限定されたこと」に対して複雑な思いをたぶん抱いたと思う、「私は、ピッピの新しいお話がずっと続き、ピッピが生きていくことを望んでいた」と述べています。

文字に残すことと、現在進行形でお話をすることは違うのです。

現在の新聞で「ピッピ」を紹介してくれたことにお礼を言いたい所以です。
ありがとうございました。


同日は広島原爆の日特集の紙面。
奇しくも同年に「ピッピ」は出版されたのですね。


大川純平


スウェーデン語をしゃべれるという状況に幸せを感じる。

十数年前、どんなにスウェーデン語に恋焦がれていたことだろう。

しかし常勤の仕事をしながらスウェーデン語に接する時間を作るほどの熱心さはなかった。

辞めて、やっとまた使える。

学べたというのは幸せだ。





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# by okawghumpe | 2010-08-08 15:37 | 書評以外の日本語

Pippi Långstrump i en artikel i tidningen Yomiuri

Saito Minako presenterar Pippi Långstrump i sitt kåseri i Yomiuris kvällstidning den 6: te augusti. Jag översätter.

"Jag ska bli sjörövare, när jag blir stor", skrek hon "ska ni det?"

Det röda håret och ansiktet fullt med fräknar. Hon kom till Villa Villekulla i den förfallna trädgården med sin kära apa och en kappsäck full med gullpengar.

Astrid Lindgrens Pippi Långstrump (1945) är en underverk som har fascinerat barn världen runt. Hon är bara 9 år, men är gruvligt stark, och förbryllar de poliser som försökte få henne att flytta till ett barnhem och lärarinnan som försökte få henne att lära sig.

Det är nog en parodi på barnböcker om barn utan föräldrar, Pappa Långben, Den grönkulla osv. Symbolen är Pippis skor dubbelt så långa som hennes fötter. Som Askungens små skor symboliserar, hade flickors frihet begränsats. Men Pippi säger: På det viset kan jag vicka med tårna! De stora skorna är frihetens symbol.

Det märks ockå att världens starkaste flickan har sina inre negativa sidor. I sista kapitlet ger Pippi Tommy och Annika, de syskon som bor i huset bredvid, pistoler som hon har hittat i vinden, som present. Syskona går hem med sin pappa som har kommit för att hämta dem. Pippi ropar efter dem, med sin pistol och sin värja i vardera hand: Jag ska bli sjörövare, när jag blir stor," skrek hon "ska ni det?

Är det bara på skämt?

Hennes mamma dog när hon var en liten unge, och hennes pappa försvann i en storm. Hon tror dock att hennes pappa flöt i land på en ö och blivit kung.

Hon har inga tjatiga föräldrar. Hon går inte i skolan. Hon förvånar de vuxna med sina handlingar. Hon är nog en gestalt skapad av barnens önskedrömmar, men från de vuxnas ståndpunkt är hon en lögnaktigt barn som inte passar i samhället.

Repliken "Jag ska bli sjörövare" avslöjer hennes ensamhet och subtila hat mot världen. Hon verkade även agitera och säga "Ni ska kämpa tillsammans!" Den starkaste flickans ensamhet synas i den sista på sätt och vis sorgliga scenen.

Ja, kanske det. Kanske hon känner sig ensam och hatar världen, när hon skriker "Jag ska bli sjörövare", fast jag inte har tyckt det.

Glad att du skriver: från de vuxnas ståndpunkt är hon en lögnaktigt barn som inte passar i samhället.

Jag vill tacka dig för att du presenterade Pippi i tidningen Yomiuri.

Att höra någon prata om Pippi gör att Pippis väsen känns i det nuvarande. Det gör mig glad.

Jag tänker också; vad jag är glad över att kunna svenska. Ja, jag pratar svenska , det språk som Pippi pratar.
Vad jag längtade efter att lära mig svenskan för mer än tio år sedan.
Vad jag längtade efter att höra Astrid Lindgren prata.

Vilken tur att jag hade möjlighet att lära mig det.

Vilkoret för min lycka.

Nu har jag tid att lära mig det igen. Det man inte kunde göra när man arbetade hel tid.



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# by okawghumpe | 2010-08-08 15:14 | Svenska

りんごころりん パホーモフ/絵 岩崎書店

絵が素晴らしい

ロシアの絵って感じですね。フョードル・ドストエフスキーさんが好きそうな。

(池田市立図書館書評)


アレクセイ・パホーモフさんが絵で、宮川やすえさんが再話か。



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# by okawghumpe | 2010-08-08 14:57 | 図書館書評

こどもがえ おおすみてつひろ/さく 新風舎

良い

目が好きです。「なにばかなこと いってるの。」というお母さんのセリフに笑いました。

(池田市立図書館書評)


はらだゆうこさんが絵で、おおすみてつひろさんが文章か。



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# by okawghumpe | 2010-08-08 14:53 | 図書館書評

ないしょ! 後藤竜二/ぶん 新日本出版社

なかなか過激なお嬢さんですな

「ラブレターかと おもったら、『けっとうじょう』でした。」(26頁)という部分に笑ってしまった。

(池田市立図書館書評)



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# by okawghumpe | 2010-08-05 16:45 | 図書館書評

かぜひいた もとしたいづみ/作 偕成社

絶賛したい

好きだなー。話の流れ、絵ともに素晴らしい。目が人間を思わせて、現実的。

(池田市立図書館書評)

なかむらさちこさんが絵で、もとしたいづみさんが文章か。この名前は覚えておこう。


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# by okawghumpe | 2010-08-02 14:41 | 図書館書評

浅田家 浅田政志/著 赤々舎

面白い

事件報道の写真がいちばん面白かった。極道の写真も面白かったけど。でも、その隣の写真とか、ライブハウスの写真がいちばん似合っている気がする、素敵な家族写真集。

(池田市立図書館書評)


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# by okawghumpe | 2010-08-02 14:35 | 図書館書評

バオバブの記憶 本橋成一/写真 平凡社

きれいだ

アフリカに行きたいな。

(池田市立図書館書評)


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# by okawghumpe | 2010-08-02 14:32 | 図書館書評

写真集 存在 鳥海 悦郎他/編

筋ジストロフィーの人たちの施設での日常写真集

何と三十四年前の本。最後の写真が素晴らしい。その前の頁には、「車椅子のシルエットが雑踏の中にとけこむように  私の存在が社会の中にとけこんでいる そんな日が訪れるのはいつ……」という詩がある。変わるべきなのは社会だ。このことは、いくら強調しても、しすぎることはない。

(池田市立図書館書評)


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# by okawghumpe | 2010-08-02 14:28 | 図書館書評

私が見た戦争 石川文洋/著 新日本出版社

大推薦

心に刻み付けておきたい写真。最後の写真と、あとがきの最後の文章に涙。希望は子供にある、と私も思います。

(池田市立図書館書評)



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# by okawghumpe | 2010-07-30 01:37 | 図書館書評

75言語の簡易速記 佐藤 行俊/著

自費出版らしい古いワープロの字が印象的

読んだ時、正直言って、誇大妄想とみじめさを感じてしまった。まあ、私も他人からはそう思われているのだろう。著者が人生でやりたいことは、天皇制の廃止と自分の考案した速記の普及。「僕という一人の人間が発明したから」各言語「兼用の簡易速記」だ(221頁)、とあるが、しかしヨーロッパの言語と日本語の速記がどう「兼用」なのか、ちょっと見ただけでは分からなかった。確かに私も、例えばスウェーデン語とイギリス語の速記文字がずれているのはなぜかな、と思ったことはあります(人による違いもあるでしょうけれど)。本書にはエスペラントも含まれているが、共通性を求めるのなら、エスペラントだけで良いではないか、と思ってしまう。あ、ノシロもありました。75言語を扱おうとするその情熱は評価したいと思いますが。

(池田市立図書館書評)



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# by okawghumpe | 2010-07-30 01:33 | 図書館書評

私にとっての希望

7月29日付けの「しんぶん赤旗」の投書欄にすごいことが載っていた。

宇佐木菊さんという方曰く、娘さんの中学校の授業で模擬投票をしたのだが、その結果は、「得票率でなんと共産党が44・4%、自民・民主ともに11・1%、社民党5%、公明党0%、その他という結果だったそうです。」

これは先の選挙に関するどんなニュースよりも私には大きいニュースだ。

希望は若い人にしかない、と私は思っています。


同じく「しんぶん赤旗」の7月25日付に紹介されていた「普天間基地撤去を求める高校生の会」の高校生にも励まされました。

その主張は共産党のそれとは微妙にずれているような気がするのだが。

それでも一面と十四面に大きく載せる「しんぶん赤旗」の姿勢も評価したい。


ついでに言えば、新しい人工言語ロジバンに日本の若い人たち(たぶん私より若い人たち)が取り組んでいることにも私は励まされています。

日本も捨てたものでは全くないのです。



「普天間基地撤去を求める高校生の会」
(署名は高校生でなくても良く、年齢制限もないそうです。私も署名しました。)

「ロジバン相談室」
(ロジバンについて知りたいことがあれば、ここ。)



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# by okawghumpe | 2010-07-30 01:28 | 書評以外の日本語

手話・日本語辞典 竹村茂/著 広済堂出版

語彙はそんなに多くはないが

十五年前の本です。「いかす」とか「ボインちゃん」とか変な単語が入っているのが面白い。著者の考え方は比較的きちんとしています。手の形から探せるようにまとめたのが本書の特徴で、手話は言語だ、という姿勢が頑なに貫かれている。しかし手話が言語だと分かっていない人が未だにいるのです。池田市立図書館もそうです。手話は言語なのだから、「障害者教育」ではなく、「言語」に分類するべきだ、と私は声のポストに投書しましたが、頂いたお返事の内容には到底納得できませんでした。日本十進分類法に反してでも、池田市立図書館ではこう分類する、という気概が欲しかったのですが。そんなに「手話」を「障害者教育」に含めたいのであれば、「日本語」も「教育」(「聴者教育」)に分類して含めるのがスジでしょう。そうなっていないのは、なぜですか。

(池田市立図書館書評)


手話の分類に関しては、しつこく言っていこうと思います。


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# by okawghumpe | 2010-07-27 17:51 | 図書館書評

だいすき ハンス・ハーヘン/作 金の星社

絶賛したい

マーリット・テーンクヴィストさんの絵が素晴らしい。文は内容が深くて、ぱぱっとは読めないが、翻訳は上出来。オランダ語の原文もたぶん良いのだろう。私は好きだ。ただ、日本語の題名はちょっと感覚が悪いのでは、と思う。

(池田市立図書館書評)

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# by okawghumpe | 2010-07-18 15:54 | 図書館書評

小さな小さな魔女ピッキ トーン・テレヘン/文 徳間書店

絵は良い

さすが「マリット・テルンクヴィスト」さんで、絵が良い。地面をはう王様の絵はルオーを思わせる。物語自体はよく分かりませんでした。

(池田市立図書館書評)

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# by okawghumpe | 2010-07-18 15:51 | 図書館書評