カテゴリ:書評以外の日本語( 50 )

『讀賣新聞』8月6日付け夕刊の書評についての感想

斎藤美奈子さんへ


『讀賣新聞』8月6日付け夕刊にて『長くつ下のピッピ』を紹介しているコラム「名作うしろ読み」を拝読しました。


同書を紹介して頂いたことに対してお礼を言いたく思います。

六十年以上前の本ながら、現在それについて論じている人がいる、ということは、私にとっても、「ピッピ」を非常に身近なものに思わせてくれました。


「大人から見れば共同体とは相容れない虚言癖の強い子」という指摘には賛成です。

「『海賊になる』の一言には、そんな彼女の寂しさと、世界へのかすかな敵意がにじむ。『あんたたちも戦え』と鼓舞しているようにも見える。」という部分には涙が出ました。

そうなのかもしれません。
しかし私は、それらは最後の言葉にあるというよりは、むしろ全編を通して、「ピッピ」の生き方としてあるものだと思っています。


「長くつ下のピッピ」には、出版される前の(書き直される前の)原稿が残っています。


それは、作者がそれまで寝る前のお話として話していたものを、娘さんの九歳の誕生日の為にタイプライターで打ってまとめたもので、スウェーデンでは2007年に『Ur - Pippi 』(元祖ピッピ)として出版されま
した。

その本の前書きの中で、娘のカーリンさんは、誕生日に原稿をもらって嬉しかったかどうかという点について、「このように文字にされ、本の中に限定されたこと」に対して複雑な思いをたぶん抱いたと思う、「私は、ピッピの新しいお話がずっと続き、ピッピが生きていくことを望んでいた」と述べています。

文字に残すことと、現在進行形でお話をすることは違うのです。

現在の新聞で「ピッピ」を紹介してくれたことにお礼を言いたい所以です。
ありがとうございました。


同日は広島原爆の日特集の紙面。
奇しくも同年に「ピッピ」は出版されたのですね。


大川純平


スウェーデン語をしゃべれるという状況に幸せを感じる。

十数年前、どんなにスウェーデン語に恋焦がれていたことだろう。

しかし常勤の仕事をしながらスウェーデン語に接する時間を作るほどの熱心さはなかった。

辞めて、やっとまた使える。

学べたというのは幸せだ。





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by okawghumpe | 2010-08-08 15:37 | 書評以外の日本語

私にとっての希望

7月29日付けの「しんぶん赤旗」の投書欄にすごいことが載っていた。

宇佐木菊さんという方曰く、娘さんの中学校の授業で模擬投票をしたのだが、その結果は、「得票率でなんと共産党が44・4%、自民・民主ともに11・1%、社民党5%、公明党0%、その他という結果だったそうです。」

これは先の選挙に関するどんなニュースよりも私には大きいニュースだ。

希望は若い人にしかない、と私は思っています。


同じく「しんぶん赤旗」の7月25日付に紹介されていた「普天間基地撤去を求める高校生の会」の高校生にも励まされました。

その主張は共産党のそれとは微妙にずれているような気がするのだが。

それでも一面と十四面に大きく載せる「しんぶん赤旗」の姿勢も評価したい。


ついでに言えば、新しい人工言語ロジバンに日本の若い人たち(たぶん私より若い人たち)が取り組んでいることにも私は励まされています。

日本も捨てたものでは全くないのです。



「普天間基地撤去を求める高校生の会」
(署名は高校生でなくても良く、年齢制限もないそうです。私も署名しました。)

「ロジバン相談室」
(ロジバンについて知りたいことがあれば、ここ。)



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by okawghumpe | 2010-07-30 01:28 | 書評以外の日本語

ビラ配りについて 其の二

たかがビラ配りとはいえ、連日駅前に立つと、色々な出会いがありました。

何かを訴えるつもりだったのに、励まされたのはこっちだった。涙が出るくらいに嬉しいこともあった。
人を感動させる芸術家というのは沢山いるのですね。

励ましの言葉をかけて頂いた方には感謝です。本当にありがとうございました。

「CAPスペシャリスト」の方にはもう一度お会いしたく思います。CAP(子どもへの暴力防止)の取り組みについては、ネットで調べて初めて知りました。こういう取り組みは有益だ、と思います。

池田市立図書館の館長には二度もビラを手渡してしまった。どう思われているのかは知りませんが。

私がビラを配っている側で、「ここに反日教育を受けた哀れな若者がいます。」と大声で私のことを宣伝してくれていた創新党支持の女性にも感謝です。
そんな正面きって反応してくれる人はあまりいないものです。
主張は正反対だけど、皆に訴えたい、というその気持ちには親しみを感じてしまった。

また会いたい、と思う。今度はもっと穏やかに話し合いましょう。


選挙結果に関しては、私は日本共産党を支持していたので、惨敗ですね。

しかし一つ言いたいことは、共産党に一票を入れた人には、本当に追い詰められて一票を入れた人がいるだろう、ということ。何の気なしに自民党に入れた人の一票とは票の重みが違う、ということ。このことは言っておきたい。
絶望している暇はないのだ。

私は私なりの、私にできることを地道に続けよう、と思う。軍事費が無駄であることを常識にしたい。


ビラの文面は途中から少し変えています。

変更後のビラ
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by okawghumpe | 2010-07-14 17:36 | 書評以外の日本語

新田まさるさんの展示会

阪急池田駅構内の「市立ギャラリーいけだ」にて開催されている新田まさるさんの展示会に昨日と今日二回見に行った。

見事だった。

ぱっと見て、すぐに良い絵だと思った。

近くで見て良い絵というのは、結局は筆の運びが良い、ということだ。

近くで見て、見飽きることがなかった。

大きい絵が、まったく自然に大きい絵だった。つまり無駄に大きくなかった。

掲示板に貼ってあった宣伝はがきを見た限りでは、そんな興味をひかれなかったのだが。
遠くから見ると悪いわけではない。小さい画像を見るのと、実際に大きい絵を遠くから見るのとでは全くもって違うのですね。

絵の多様さも良かった。

表現力が豊かだった。絵で何ができるのか、ということを勉強させてもらった。

本人曰く客引きの窓際の絵は、私がたぶん二十年くらい前にあこがれたような絵で、私はどんな絵が好きなのか、ということを改めて思い知った。

いちばん気に入ったのは「嫁の不安」という絵です。
画面上の、たぶん建物が背景にあるのだろうが、そこで、バッバッバッとなっているところを、約一メートル離れた地点で見た時には涙が出た。

ついでに言えば、複数の絵の題名が社会問題を扱っていることも私は評価したい。

題名が貼っていない絵(小品)があるのも良かった。本当の無題ですね。

「新田勝 個展 思いつくままに」は6月30日から7月5日まで「ギャラリーいけだ」にて開催。

「アゼリアネット」のページ
(このいちばん上の絵が「嫁の不安」です。全く印象が違いますけど。)

ちなみに「エキサイト・ブログ」では、今月から本文内広告を始めたそうです。↓
しかしこれは酷いな。
これでは私が書いたように思われる。↓
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by okawghumpe | 2010-07-04 23:13 | 書評以外の日本語

ビラ配りした

ピッピさんとはどんな人か?

ピッピさんはスウェーデンの家に住んでいた人だ。

正確に言えば、1940年代に住んでいた。

ピッピさんはアメリカの帝国主義を告発しなかった。
ピッピさんは人工言語を学ばなかった。

ピッピさんはただそこに住んでいた。

しかし、もしピッピさんがアメリカの暴力と帝国主義を知ったら、ピッピさんなら怒るに違いない、と私は確信する。

特定の民族の言葉が国際語のように使われている状況に対して、それは不公平だ、と思うに違いない、と私は確信する。

6月16日付けに書いたスウェーデン語の文章の日本語訳。

ということで、今日は池田駅前でビラ配りをしました。文面は以下。

無駄な軍事費を温存するのか
そして
アメリカの侵略戦争への協力を続けるのか

 北朝鮮などが脅威だとして、「抑止力」が必要だ、と言われますが、日本における軍隊の存在は北朝鮮にとっても脅威です。

 もっぱら自国の外で殺戮を繰り返している大国アメリカこそ他国の脅威となるものです。 

 軍隊という人殺し集団では平和は作れません。
 軍事費こそ無駄の最もたるものです。
 選挙では是非この点を考えて投票して頂きたいと思います。 

 
 アメリカはアフガニスタンでは兵力を増強しています。
 六月二十九日に、アメリカの司令官は空爆をさらに強化することを示唆しました。
 去年アフガニスタンで主にアメリカ軍に殺された十八歳未満の子供の数は千五十人だそうです。

 過去も今も、アメリカの軍需産業と軍事は世界から恨みを買ってきました。

 今どき世界で軍事同盟を結んでいるのは、日本とアメリカ、韓国とアメリカ、オーストラリアとアメリカ、そして北大西洋条約機構(NATO)くらいなものです。

 これからもアメリカ言いなりに基地を提供して、侵略する側に協力し続けるのですか?
 そして、人を殺すための武器を高い値段で購入し続けるのですか?
        
                   文責:大川純平
メール nergdnila@hotmail.com
ブログ http://okawghumpe.exblog.jp/

ちなみに二ヶ月前には以下のビラも配っていました。


人工言語はどうですか

地球上で少数派の言語が次々となくなってきています。

共通語だからという理由で、ある特定の民族の言葉が強要され、少数派の言語そして文化が滅んでいくのは悲劇です。

もし、どの民族にも属さない人工言語が共通語としてあるならば、ある特定の文化の強要という悲劇は防げるのではないでしょうか?

人工言語で、百年以上続いて、今一番広まっているのはエスペラントです。
より中立的なロジバンのような新しい人工言語もあります。

理想的な世界に一歩でも近づけるために、人工言語を学びませんか?

インターネットを使える方にお勧めのサイトを挙げます。
エスペラントが学べる 「lernu!」 http://ja.lernu.net/

ロジバンの入門者の為の「ロジバン入門」(イギリス語からの翻訳で、翻訳がまだ未完ですが、さわりだけでも是非。)  http://www.01work.net/

エスペラントは各地域に集まりもあります。

文責 大川純平
電話    070‐5501‐7316
ブログ    http://okawghumpe.exblog.jp/
ツイッター  http://twitter.com/okau_junpen

こちらは配る対象が難しい。
「この前おばあちゃんがもらったやつ?こんなんもらっても、しゃあないし。」と言われながらも(それでもこの方も受け取って頂けましたが)、私も良く配っていたものだ。
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by okawghumpe | 2010-07-04 22:22 | 書評以外の日本語

内閣府ユース特命報告員

内閣府「青少年目安箱」のユース特命報告員になりました。(ぎりぎりまだ「青少年」です。)これに応募したのは鳩山由紀夫さんの時で、鳩山さんが辞めて、中止になるのかな、と思いきや、菅直人さんになっても引き継がれるようですね。

なかなか人数が集まらなかったようだし、大勢の中の一人として短い文章を寄せたところでどんな影響を及ぼせるのか、とも思いますが、辛口で提言していきたいと思います。

「青少年目安箱」
http://www.youth-cao.go.jp/index.html

ちなみに応募するに当たって私が書いた文章は以下です。

主題は、「あなたは、今の子ども・若者が抱えている問題は何だと思いますか。また、それに対し、国などの行政は何をすべきだと思いますか。」

自分の興味のあることにこそ子どもは力を伸ばせます。若い人が、自分の興味ある分野において力を発揮できる環境を整えること、すなわちその為の時間を確保すること。

経済的な理由で自分のしたいことができないという状況は変える必要がある。具体的に言えば、教育の無償化です。それと共に、学ぶことを子どもが主体的に選べる教育のあり方を提言します。

子どもが自由に生きられる為には、周囲の大人も余裕を持つ必要がある。大人が競争社会で疲れている中で、子どもに余裕を持って接するのは無理です。競争によって自分の生存さえも危ぶまれる状況は望ましいとは言えません。

具体的に言えば雇用の確保、失業した際の手当ての拡充が必要だ、というです。長期的には、仕事で生存が左右されない方向へ仕組みを変えていくことが望ましい。

若者が自分の才能を発揮できる社会は、若者が自分の興味ある分野に時間を割ける社会です。

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by okawghumpe | 2010-06-29 21:41 | 書評以外の日本語

日本育英会の借金

最近になりブラックリストを作るなど、借金の取り立て機構という本性をむき出しにしている日本育英会(名前が変わって今は「独立行政法人日本学生支援機構」ですか)から私も学生であった頃に借金をしました。

十四年の間返済し続けるという契約を取り交わして、今まで払い続けてきたわけです。

何でそんな契約をしたのだろう?
私は学校という所も学生という身分も大嫌いだし、積極的に学生生活を選んだのではないことは確かです。学生でいる間、これでいいのか、とずっと悩んでいました。

それはともかく、やはり借金をしていて良かった、と今思う。

返済が二ヶ月遅れた、と連帯保証人の親に通知し、さらにはこれ以上滞納するならば一緒に保証人になってくれた叔父にも通知すると脅す、この醜さ。
(これ以上延滞すると連帯保証人に電話で通知します、という通知を受け取って、私は急いで口座を確認したのに、引き落とし日の前から親に書面で通知するのですね。あるいはどこかにそうすると書いてあったのかな?葉書はもう捨ててしまった。)

借金取立てのこういう醜さは、実際に延滞せざるを得ないという状況を体験しないと分からない。

金貸し業というのは人に対して親切な仕事では絶対にない。親切なら、貸すのではなく、あげるはずだ。
しかし契約をしたのだから当然だ、と言われれば、それはそうです。しかし当然かどうかはともかく、醜い、ということを私は言いたいのだ。

借金をしたにしても、苦労なく返済する限りは、この醜さは分からない。
頭で理解することではないのだ。

貧乏人であることは、こういう醜さと付き合わされるということなのですね。

貧乏人が怒りっぽくなるのも当然だ、と思う。この醜さに私も怒りで一杯になりました。

しかし美しいものが金持ちだけの特権だとしたら、そんな美しさは糞くらえだ、と思います。

表現者たるもの特権者であってはならない、というのが私の信念です。
特権者であるならば、特権にあずからない人の共感は得られない。
社会の特権者だけに通じるものを表現したとして、何が表現者か。

シモーヌ・ヴェイユが「労働者に必要なのは詩だ」と言った意味が、今分かる気がする。
貧乏人は醜さに囲まれている。
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by okawghumpe | 2010-06-19 20:32 | 書評以外の日本語

芸術とは何か

私とあなたは違う。
それなのに思いやれる、ということ。
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by okawghumpe | 2010-06-16 23:15 | 書評以外の日本語

思考の断片

私の人生の目的は、私が決めることではない気がする。いつ終わりになるのかも分からないのに。

宇田達夫さんはシモーヌ・ヴェイユの講演で、一人の人がどのような生き方をしたか、そんなことを言えるわけがない、と言っていた。
その通りだ。人生を言葉で表現できるわけがない。しかし断片は分かる。シモーヌ・ヴェイユがどんな生き方をしたか、ピッピ・ロンスツルンプがどんな生き方をしたか、その断片で十分だ。

ピッピは貨幣経済を拒否しなかった。
ピッピは学校制度を止めさせようとはしなかった。
ピッピの振舞いは芸術だ、と思って、私は反応した。

芸術だ、と思わせた。一人の人間が他の人間に対してできる最高のことだ、と思う。
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by okawghumpe | 2010-06-16 23:13 | 書評以外の日本語

第63回全関西行動展(京都)

なかなか良い作品もありました。

前野ヤス子さんの「甦える木霊(オペラ蝶々夫人)」はやる気が感じられて、すごく良かった。

東昭美さんの「作品10A-5」は白と赤の色が良かった。

しかし作品の数が膨大で、全部を見ると山登りをしたみたいに疲れる。(私の体力が落ちているせいですか。)

今日は「当番の日」だったが(実質上は何もしていない、ただいるだけ)、委員兼審査員の方から色々と裏の話が聞けて面白かった。
やはり私には向いていない(笑)。

来て頂いた方には大感謝!
本当にありがとうございました。


全関西行動展
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by okawghumpe | 2010-06-06 21:43 | 書評以外の日本語