中村安希さんのブログ

資本主義経済を疑う観点について


前回コメントを残した者です。
中村さんの過去の報告(アーカイブ)を読ませてもらいました。確かに私は誤解していたようです。

なぜ誤解(誤読)をしたのかを考えてみると、「アフリカ人というだけで、安易にあなた自身のことを貧しい人だと言ってはいけない」(190頁)、国際協力の予算増加は「やってはいけない」(245頁)という言い方が、まるで、過去を不問にした、自己責任を押し付けるような言い方のように感じられてしまったのだと思います。
確かに、先進国の支援のあり方については本の中でも批判されていますが、それでも、支援は要らない、と言われると、まるで弱者を切り捨てる資本主義の言い分のように受け取ってしまったのです。

それは、例えば日本のホームレスについて、今の社会を批判する立場から、「労働をしない、土地所有をしない生き方だ」と主張すると、「ホームレスになったのは自己責任だ」という弱肉強食の主張と誤解されやすい、のと似ている気がします。
ホームレスの生活をあえて選ぶ人はいるけど、大多数は望んでなったわけではない、というのが現状でしょう。

言葉というのはどのようにでも解釈されうる、と思います。国際支援の現状の認識と、ではどうしたらいいのか、という考えが私には足りなかった、とも思います。すみませんでした。ご回答して頂いて、ありがとうございます。

過去の報告については、その一つ一つが貴重な報告で、本(『インパラの朝』)よりも面白い、と思いました。

ご自身の言葉での報告をまた読ませて下さい。まずはお礼まで。

(中村安希さんのブログへのコメント)

ブログは本と違ってまとめられていない分、長いのですが、素晴らしい内容です。
ことにザンビアの報告が面白かった。
http://asiapacific.blog79.fc2.com/blog-entry-91.html


アフリカでは、貸し借りの清算は歓迎されない。なぜなら、清算をして帳消しにすることは、その人とはもう関わらなくていい、ということだから。と聞いたことがあります。
金銭とは離れて、例えば恩義などについて考えると、分かりやすいのではないでしょうか。忘恩の極みの私など、清算しようと思ったら、えらいことです。
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by OkawGhumpe | 2010-02-11 11:56 | 書評以外の日本語
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