『讀賣新聞』8月6日付け夕刊の書評についての感想

斎藤美奈子さんへ


『讀賣新聞』8月6日付け夕刊にて『長くつ下のピッピ』を紹介しているコラム「名作うしろ読み」を拝読しました。


同書を紹介して頂いたことに対してお礼を言いたく思います。

六十年以上前の本ながら、現在それについて論じている人がいる、ということは、私にとっても、「ピッピ」を非常に身近なものに思わせてくれました。


「大人から見れば共同体とは相容れない虚言癖の強い子」という指摘には賛成です。

「『海賊になる』の一言には、そんな彼女の寂しさと、世界へのかすかな敵意がにじむ。『あんたたちも戦え』と鼓舞しているようにも見える。」という部分には涙が出ました。

そうなのかもしれません。
しかし私は、それらは最後の言葉にあるというよりは、むしろ全編を通して、「ピッピ」の生き方としてあるものだと思っています。


「長くつ下のピッピ」には、出版される前の(書き直される前の)原稿が残っています。


それは、作者がそれまで寝る前のお話として話していたものを、娘さんの九歳の誕生日の為にタイプライターで打ってまとめたもので、スウェーデンでは2007年に『Ur - Pippi 』(元祖ピッピ)として出版されま
した。

その本の前書きの中で、娘のカーリンさんは、誕生日に原稿をもらって嬉しかったかどうかという点について、「このように文字にされ、本の中に限定されたこと」に対して複雑な思いをたぶん抱いたと思う、「私は、ピッピの新しいお話がずっと続き、ピッピが生きていくことを望んでいた」と述べています。

文字に残すことと、現在進行形でお話をすることは違うのです。

現在の新聞で「ピッピ」を紹介してくれたことにお礼を言いたい所以です。
ありがとうございました。


同日は広島原爆の日特集の紙面。
奇しくも同年に「ピッピ」は出版されたのですね。


大川純平


スウェーデン語をしゃべれるという状況に幸せを感じる。

十数年前、どんなにスウェーデン語に恋焦がれていたことだろう。

しかし常勤の仕事をしながらスウェーデン語に接する時間を作るほどの熱心さはなかった。

辞めて、やっとまた使える。

学べたというのは幸せだ。





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by okawghumpe | 2010-08-08 15:37 | 書評以外の日本語
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